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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 判決

原告 浜田興産株式会社

被告 東京都新宿都税事務所長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五四年一〇月九日付けで別紙物件目録記載の建物の取得についてした不動産取得税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二原告の請求原因

一  原告は、不動産の賃貸及び管理等の業務を営んでいる株式会社であるが、被告は、原告に対し、原告が昭和五三年一一月六日訴外合資会社太田商事(以下「太田商事」という。)から別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を取得したことにつき、昭和五四年一〇月九日付けで課税標準額を金一億四七四〇万一〇〇〇円、税額を金四四二万二〇三〇円とする不動産取得税の賦課決定(以下「本件処分」という。)をした。

二  原告は、本件処分を不服として、同年一二月五日東京都知事に対し審査請求をしたが、同知事は、昭和五六年一〇月二一日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をし、原告は、同月九日右裁決書謄本の送達を受けた。

三  しかしながら、原告は、太田商事の会社分割により本件建物を取得したものである。

すなわち、太田商事の営業の一部である不動産の賃貸及び管理等の部門を会社分割の方法により分離独立させ経営合理化を図る目的で、原告が昭和五三年一〇月六日設立された。そして、原告は、同年一一月六日太田商事から、本件建物及びその敷地(東京都新宿区西新宿七丁目三八番六、三一〇・七七平方メートル)を含め右営業部門の譲渡を受け、爾来右譲渡に係る営業を継続して行つてきている。太田商事は、設立の際原告の発行済株式の九六・六六パーセント余りを所有し、設立直後には一〇〇パーセントを所有するに至つた。また、太田商事の有限責任社員浜田良雄は、設立時から引続き原告の取締役に就任している。

したがつて、本件建物の取得は、地方税法(以下「法」という。)七三条の七第二号及び地方税法施行令(以下「令」という。)三七条の一四第二号が、不動産取得税が非課税になる場合の一として定めるところの、株式会社以外の法人が分割して二以上の同種の法人になつたことによる不動産の取得に該当するから、非課税とされるべきであり、本件処分は違法である。

四  仮に、右の主張が認められないとしても、本件処分は禁反言の法理ないし信義則に違反し違法である。

原告の設立手続の依頼を受けた公認会計士は、関係法規が紛らわしいため、被告事務所の不動産取得税担当の係官に対して問い合わせをしたところ、同係官は、「合資会社が株式会社を設立した場合でも、令三七条の一四第一号のイないしニの要件を具備していれば二号に該当し、不動産取得税は非課税になるから心配はない。」旨の回答をした。すなわち、右係官は、合資会社の分割により株式会社が設立された場合についても、法七三条の七第二号及び令三七条の一四第二号の規定が適用されることを表示したのである。原告側は、もともと、新たに設立する会社をあえて株式会社にせず、他の種類の会社、特に太田商事と同じ合資会社としても何ら営業上支障はなかつたのであるが、被告事務所係官の右回答を信頼して、株式会社を設立したものである。関係法規の解釈が極めて紛らわしいため、原告側が担当係官の回答を信頼したのは当然であり、この信頼は保護されなければならない。

したがつて、右係官の回答に反し、法七三条の七第二号及び令三七条の一四第二号の適用を否定する本件処分は、禁反言の法理ないし信義則に違反し違法である。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一及び二の事実は認める。

二  同三のうち、太田商事が原告の設立直後に原告の発行済株式を一〇〇パーセント所有するに至つたことは不知、その余の事実は認め、主張は争う。

三  同四の事実は否認し、主張は争う。

第四被告の主張

一  原告の請求原因三の主張は、次のとおり失当である。

法七三条の七は、形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税について規定しているが、同条二号は、その一として「法人の政令で定める分割に因る不動産の取得」を挙げており、令三七条の一四は、右の政令で定める分割として、一号で「株式会社が分割して二以上の株式会社になる場合」、二号で「株式会社以外の法人が分割して二以上の同種の法人になる場合」を掲げている。原告は、本件の分割が二号に該当すると主張するものであるが、二号の「同種の法人」の解釈に当たつては、一号の規定の趣旨及び一号と二号との関連性を勘案する必要がある。一号は、被分割法人たる株式会社から分割法人として同じく株式会社が生じた場合のみ非課税とし、株式会社以外の法人(例えば、株式会社以外の各種の会社や財団法人等の各種の法人)が生じた場合は非課税としない趣旨であると解される。右のような一号の規定の解釈からすると、二号の「同種の法人になる場合」とは、被分割会社と分割会社とが会社の種類を同じくする場合又は会社以外の被分割法人と会社以外の分割法人とが法人の種類を同じくする場合に限られると解すべきである。例えば、合名会社と合名会社、合資会社と合資会社、財団法人と財団法人というような場合である。

令三七条の一四は、一号として株式会社が分割する場合について規定し、二号として株式会社以外の法人が分割する場合について規定しているが、これは、経済活動の主体として実際上最も重要な地位を占めている株式会社についてまず規定し、次に株式会社以外の会社及び財団法人等を一まとめにして「株式会社以外の法人」として規定したからであると解される。したがつて、本来「合名会社が分割して二以上の合名会社になる場合」、「合資会社が分割して二以上の合資会社になる場合」、「有限会社が分割して二以上の有限会社になる場合」、「財団法人が分割して二以上の財団法人になる場合」等個別に規定することもできたのであるが、会社や会社以外の法人の種類は数多くあるため、法制技術の面から二号のような形態になつたものにすぎず、一号と二号は全く同じ趣旨の規定なのである。加えて、非課税の規定は、例外的、創設的規定であるから、その解釈に当たつては、これをみだりに拡張して解釈することは許されないものというべきである。

原告は、会社の分割により合資会社である太田商事の不動産部門を分離独立させるために株式会社として設立され、設立直後の昭和五三年一一月六日太田商事から本件建物を含む不動産部門の営業譲渡を受けたものである。すなわち、原告の場合は、合資会社が分割して株式会社になつた場合であるから、令三七条の一四第二号の「同種の法人になる場合」に該当しないことが明らかであり、本件建物の取得は非課税にならないというべきである。よつて、本件処分は適法である。

二  原告の請求原因四の主張は、次のとおり失当である。

1  昭和五三年八月下旬又は九月上旬ころ、被告事務所の固定資産税課家屋第一係(以下「第一係」という。)に、会社を分割した場合の不動産の取得につき不動産取得税が非課税となるかどうかについて電話による問い合わせがあつた。その際、電話の主は、自己の氏名を名乗らず、具体的な会社名も挙げなかつた。また、右の問い合わせは、合資会社が株式会社を設立した場合という限定をしたものではなかつた。電話を受けた第一係係官の相田太郎(以下「相田」という。)は、昭和五一年一〇月から不動産取得税の課税実務に従事してきた者であるが、会社の分割による不動産の取得は年に一度あるかないかの数少ない事例であるため、まず法令集を手もとに取り寄せた。そして、法七三条の七第二号、令三七条の一四及び事務提要第二章第八節第三2(2)掲記の規定を確認した後、右規定を読み上げ、一般論としていえば会社の分割による不動産の取得につき右規定の要件を全部具備する場合は非課税となる旨回答した。なお、回答の際、相田は、電話の主から身分及び姓名を問われず、相田もそれらを相手に告げなかつた。

2  被告は、昭和五四年四月七日付けで原告に対し、本件建物の敷地の取得について不動産取得税を賦課したところ、同月一二日、原告から本件建物及びその敷地に係る不動産取得税非課税申告書が提出された。右申告書は、公認会計士の石井友吉(以下「石井」という。)が第一係に持参してきたが、第一係では係官の高梨真弘がこれを受け付け、右申告について後日応答する旨告げた。

3  被告は、右非課税の申告に対し、同年七月一二日付けで第一係名をもつて、原告の場合は非課税には該当しない旨の「お知らせ」と題する書面を原告に送付した。その数日後に石井が来庁し、相田に対して右書面につき不服を述べたが、その中で石井は、会社分割事務手続の依頼主である原告代表者から、不動産取得税を賦課されたのはお前のミスだから責任を執れといわれて困つている旨述べた。被告は、同年一〇月九日付けで本件処分をした。

4  相田は、昭和五三年八月下旬又は九月上旬ころにあつた電話による問い合わせに対し、前記のとおり回答したのみであつて、原告主張のような回答をしていないのであるから、本件においては禁反言の法理ないし信義則の違反を問題にする余地はない。

5  仮に、原告主張の回答があつたとしても、禁反言の法理ないし信義則違反の主張は、次のとおり失当である。

(一) 租税法は強行法規であつて、そこでは合法性の原則が支配し、法律の根拠に基づくことなしに租税を減免することは許されないから、仮に、誤つて法定の納税義務を軽減するような表示をしたとしても、その誤りはむしろ訂正されるべきであり、したがつて、租税法律関係においては禁反言の法理の適用される余地はないものと解される。

(二) 仮に、租税法律関係においても禁反言の法理が適用されるとしても、次に述べるようないくつかの要件を充足する事実がなければならないところ、本件においては右要件を充足していない。

まず、「租税行政庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示したこと」との要件を充足していない。ここに「信頼の対象となる公の見解の表示」とは、事実の表示であることを要し、法令の解釈に関する見解の表示は含まれない。したがつて、原告主張の回答は、法令の解釈に関する見解の表示であるから、信頼の対象となる公の見解の表示には該当しない。また、「信頼の対象となる公の見解の表示」とは、一定の責任ある立場の者の正式の見解の表示をいう。本件の場合は、第一係の一係官でたまたま電話に出た者が日に数多くある電話による問い合わせの一つとして即座に回答したものであるから、一定の責任ある立場の者の正式の見解の表示には該当しない。

次に、「租税行政庁の言動を納税義務者が信頼し、しかも、信頼することについて納税義務者を責めるべき事由がないこと」との要件を充足していない。石井は、被告事務所と目と鼻の先に自己の事務所を構えているのであるから、被告事務所に出頭して本件が非課税になるかどうかを課長等の責任者に確認することが十分できたにもかかわらず、一係官の電話による即答のみをもつて非課税になると判断してしまつたのであり、しかも、石井が公認会計士であることを考慮すると、租税行政庁の言動を信頼することについて納税義務者に責めるべき事由がないとはいえないから、右の要件を充足していない。

第五原告の反論

本件分割は、次の理由により令三七条の一四第二号の規定に該当するものというべきである。

二号は、「法人が分割して二以上の同種の法人になる場合」と規定しているが、「同種の法人」に該当するか否かを考えるためには、「法人の種類」とは何かを確定しなければならない。しかして、「法人の種類」とは、通常、〈1〉民法の認める法人・その他の法人、〈2〉社団法人・財団法人、〈3〉公益法人・営利法人・中間的な法人、〈4〉私法人・公法人等の区分を意味するものとされている。これに対して、株式会社、合名会社、合資会社等の区分は「会社の種類」をいうものであり、通常「法人の種類」という場合はこの「会社の種類」を意味しないのである。このような、通常の用語例に従えば、合資会社と株式会社とは、「同種の法人」というべきである。

被告は、令三七条の一四第二号の規定について、本来「合名会社が分割して二以上の合名会社になる場合」、「合資会社が分割して二以上の合資会社になる場合」等個別に規定することもできたが、法制技術の面から二号のような形態になつたものにすぎない旨主張する。しかし、仮にそのような趣旨であれば、個別的に煩瑣な規定をしなくても、例えば、「分割により株式会社以外の会社が二以上の同種の会社になる場合又は会社以外の法人が二以上の同種の法人になる場合」と規定すれば十分であり、立法技術上も当然のことである。

被告は、非課税の規定は、例外的、創設的規定であるから、その解釈に当たつては、これをみだりに拡張して解釈することは許されない旨主張するが、原告は、「同種の法人」について用語の通常の使用例によつて解釈したのであり、かえつて被告の方が「法人の種類」の規定に「会社の種類」までも含ませることにより用語の通常の意味を拡張しているのであつて、不当な解釈といわざるを得ない。

法七三条の七第二号が法人の分割による不動産の移転について不動産取得税を非課税にしたのは、形式的には不動産の移転であつても、経済的実体は同一の経済主体間の移転であつて、あたかも同一人の片方のポケツトの物を他方のポケツトに移すに等しいので課税の必要がなく、また、担税力の点からも課税が適当でないためである。この趣旨からすれば、合資会社の分割により新たに株式会社が設立された場合を非課税の対象から一律に排除する理由はない。出資法人(親会社)と新設法人の間の同一性を保つための要件としては、令三七条の一四第一号のイないしニに厳格な規定が置かれているのであるから、これにより出資法人たる合資会社と新設法人たる株式会社との間に同一性が認められる以上、同条二号の適用対象とすべきである。

法七三条の七第二号、令三七条の一四の規定と同趣旨の制度として、法人設立のため特定の現物出資をした場合(法人税法五一条一項)及び現物出資に代えて金銭出資の形式により資産を譲渡した場合(法人税基本通達一〇―七―一)の圧縮記帳の制度があり、一定の要件を充足していれば、出資法人(親会社)と新設法人の会社の種類等を問題にせず、当該資産の譲渡を課税の対象としないこととしている。これらの規定等の趣旨は同一であるのに、不動産取得税に関してのみ出資会社(親会社)と新設会社が同種の会社でなければならないとするのは不合理である。

租税は、特別の給付に対する反対給付(報償)の性質をもたず、一方的に課徴されるものであるから、租税法については、立法上も法規の解釈上も法的安定性及び予測可能性が要求される。納税者は、当然のこととして通常幾通りかある私法上の法律行為のうち、それぞれの場合の私法上の効果と課税される税額を比較考量して行動するものであり、行為後に通常考えられる租税法の解釈と異る課税庁の解釈によつて課税がなされたのでは、納税者に不測の損害を与えることになるのである。

第六証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、原告の太田商事からの本件建物の取得が法七三条の七第二号及び令三七条の一四第二号に規定する法人の分割による不動産の取得に該当するか否かについて検討する。

1  合資会社である太田商事の営業の一部である不動産の賃貸及び管理等の部門を会社分割の方法により分離独立させ経営合理化を図る目的で、株式会社である原告が昭和五三年一〇月六日設立されたこと、原告が、同年一一月六日太田商事から、本件建物及びその敷地を含め右営業部門の譲渡を受け、爾来右譲渡に係る営業を継続して行つていることは、当事者間に争いがない。

2  不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産の移転の事実自体に着目して課せられるものであつて、所有権移転の形式による不動産の取得は、原則としてすべて課税の対象となる。しかしながら、不動産の所有権の移転があつても、実質的には所有権の主体に変更がないもの等、所有権の移転が形式的なものにすぎず、そこに担税力を見出すような不動産の取得があつたとして課税の対象とすることが必ずしも適当でないと認められる場合がある。そこで、法七三条の七は、かかる不動産の取得について例外的に非課税とする旨を規定したものである。同条二号は、その一として「法人の政令で定める分割に因る不動産の取得」を掲げ、令三七条の一四は、右の政令で定める法人の分割として、一号で「株式会社が分割して二以上の株式会社になる場合にあつては、分割により新たに設立される株式会社について、その設立時において、次に掲げる要件が充足されるとき。」を、二号で「株式会社以外の法人が分割して二以上の同種の法人になる場合にあつては、前号に掲げるときに類するとき。」を掲げている。本件は合資会社の分割により新たに株式会社が設立された場合であるが、原告は、右分割が右の二号の規定に該当すると主張するものである。

3  そこで、合資会社と株式会社とが令三七条の一四第二号の「同種の法人」に該当するか否かが問題となる。

法人は、民法その他の法律によらなければ、成立し得ない(民法三三条)。すなわち、法人は、すべて法律の規定を根拠として成立するのであり、法律は、成立を認める法人を、その目的、組織、能力等に応じて区分し、明定しているのであるから、同種の法人という場合は、成立の根拠規定を同じくする法人を指すものと解すべきである。二以上の法人間にある種の共通性を見出し得る場合であつても、根拠規定を異にするときは、目的、組織、能力等の面で何らかの相違点が存し、右の法人を同種の法人ということはできない。

原告指摘のように、講学上、「法人の種類」として、〈1〉民法の認める法人・その他の法人、〈2〉社団法人・財団法人、〈3〉公益法人・営利法人・中間的な法人、〈4〉私法人・公法人等の区分がなされているが、これは、各種の観点から各法人の持つ一つの共通性をとらえての分類であつて、ある観点からは同種の法人といえるものであつても、観点を異にすれば、異種の法人となり得るのである。しかるに、令三七条の一四第二号は、いかなる観点から判断すべきかを明らかにしていないのである。その上、令三七条の一四は、前記非課税の趣旨から、被分割法人と分割法人との間に実質的同一性を求めた規定であつて、それぞれ個性を有する多数の法人をある種の観点から一つにまとめるところの右のような大分類を、同一性判断の基準として採用したとは到底解することができない。

また、令三七条の一四は、非課税の対象となる法人の分割として、「株式会社が分割して二以上の株式会社になる場合」と「株式会社以外の法人が分割して二以上の同種の法人になる場合」との二つの場合のみを掲げ、株式会社の分割により株式会社以外の法人が新たに設立される場合を非課税の対象とはしていないのである。したがつて、株式会社との均衡上も、同条二号の「同種の法人になる場合」とは、例えば合資会社が分割して二以上の合資会社になる場合のごとく、株式会社以外の法人が分割して二以上の成立の根拠規定を同じくする法人になる場合をいうものと解すべきである。

したがつて、成立の根拠規定を異にする合資会社と株式会社とは、令三七条の一四第二号の「同種の法人」に該当しないものというほかない。

4  原告は、株式会社、合資会社等は「会社の種類」にすぎず、通常「法人の種類」という場合には、前掲の区分を意味し、「会社の種類」をいうものではないと主張する。しかし、前掲の区分は、各種の観点から法人を大きく二分又は三分したものにすぎず、たとえそれが講学上「法人の種類」の標題の下に説明されているからといつて、「同種の法人」の解釈基準として右区分を採用すべき必然性は何ら存せず、また、右区分を採用しないからといつて、法的安定性、予測可能性を阻害するものではない。

また、原告は、所有権の主体に実質的変更のない場合について非課税とする法七三条の七第二号の趣旨からして、合資会社の分割により株式会社が設立された場合についても、両者の間に同一性が認められる限り、令三七条の一四第二号の規定を適用すべきであると主張する。しかし、令三七条の一四は、通常の法人の設立の場合における税負担との公平をも考慮して、非課税の対象となる法人の分割を一定の場合に限定しているのであり、租税法の規定はみだりに拡張適用すべきでないことからすれば、原告の右主張も採用できない。

更に、原告は、法人設立のため特定の現物出資をした場合(法人税法五一条一項)及び現物出資に代えて金銭出資の形式により資産を譲渡した場合(法人税基本通達一〇―七―一)については、出資法人と新設法人の会社の種類を問題にすることなく当該資産の譲渡を課税の対象としていないのに、同趣旨の制度である令三七条の一四第二号について同種の会社に限定するのは不合理である旨主張する。法人が特定の現物出資等をした場合には、出資により取得した有価証券につき一定の圧縮限度額の範囲内で圧縮記帳をすることにより、資産の譲渡益と圧縮記帳による損失とを相殺して直接課税関係を発生させないことができるものとされているが、右出資によつて取得した有価証券がその後処分されたときは、その時点でそれまで積み上げられた値上り益について課税されるのであるから、右の圧縮記帳制度は実質的には課税の延期にすぎない。これに対し、本件の不動産取得税の非課税制度は、形式的な不動産所有権の移転等により当該不動産を取得した者に対し、不動産取得税を非課税とするものである。したがつて、両者は制度の趣旨を異にするものといわなければならない。

5  以上の次第で、原告の太田商事からの本件建物の取得は、法七三条の七第二号及び令三七条の一四第二号に規定する法人の分割による不動産の取得に該当しないものというべきであるから、本件処分が右規定の適用を否定したことに違法はないものというべきである。

三  次に、原告は、本件処分は禁反言の法理ないし信義則に違反し違法である旨主張するので、検討する。

1  禁反言の法理ないし信義則は、法の根底をなす正義の観念に基づく原則であるから、租税法律関係においてもその適用があるものと解すべきである。

2  しかし、租税法律関係において禁反言の法理ないし信義則が適用されるためには、一定の要件を満たすことが要請され、要件の第一として、租税行政庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示したことが必要である(この信頼の対象となる公の見解の表示には、事実の表示のみでなく、法令の解釈に関する見解の表示も含まれると解される。)。そして、租税法は強行法であつて、そこでは合法性の原則が支配し、法律の根拠に基づくことなく租税を減免することは許されないのが原則であり、また、納税者はもともと自己の責任と判断の下に行動すべきであることからすれば、禁反言の法理ないし信義則により保護されるためには、納税者が租税行政庁の見解の表示を信頼したことがやむを得ないと認められる場合であることを要すると考えるべきであるから、種々の状況の下で大量に行われる租税職員の見解の表示のすべてが信頼の対象となるものではなく、一定の責任ある立場の者の正式の見解の表示のみが信頼の対象となると解すべきである。

3  これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第一ないし第五号証、証人石井友吉及び同相田太郎の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、太田商事は、不動産の賃貸及び管理業務、薬学及び薬事に関する業務等を営業目的とする合資会社であるが、右不動産部門を分離独立させるため新会社を設立することを計画し、昭和五三年八月下旬ころ会社設立手続を公認会計士の石井に依頼したこと、石井は、右準備を進めていたが、合資会社を分割して新会社を設立し、営業譲渡の一環として新会社に不動産を移転する場合、不動産取得税が賦課されるかどうか疑問が生じたので、念のためすぐ近くの被告事務所の参考意見を聞くことにし、第一係(東京都新宿都税事務所固定資産税課家屋第一係)に電話をしたこと、第一係には、当時係長以下八名が勤務し、不動産取得税・特別土地保有税の課税事務、固定資産税課税台帳の登録・閲覧事務等を所掌していたが、右電話には、昭和五一年一〇月から同係に所属していた相田がたまたま出たこと、電話のやりとりは四、五分で、石井は、相田に対し自己の氏名を名乗らず、また、太田商事の名称・所在地、不動産の種類・所在地等について具体的な説明を一切せず、相田の氏名も聞かなかつたこと、相田は、課長、係長等に相談せず一人で応答し、自己の氏名を名乗らなかつたこと、石井は、その後、株式会社である原告の設立手続を行い、昭和五三年一〇月六日不動産の売買、賃貸及び管理等を営業目的とする原告が設立され、太田商事は、同年一一月六日原告に対し、本件建物及びその敷地を含む不動産部門の営業を譲渡したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

ところで、石井と相田の電話の内容であるが、当法廷において、石井は、合資会社が会社の分割により株式会社を設立し不動産を譲渡した場合に不動産取得税が非課税となるかを尋ねたところ、相田が非課税となる旨を答えたと証言し、相田は、会社を分割した場合の不動産の移転につき不動産取得税が非課税となるかとの問い合わせがあつたので、法七三条の七第二号及び令三七条の一四の要件を全部具備すれば非課税となる旨答えたもので、合資会社が株式会社を設立した場合と限定しての問い合わせではなかつたと証言しているところ、他に裏付証拠もなく、右電話の内容を確定することは困難である。

しかし、いずれにせよ、相田の見解の表示は一回限りの短時間の電話による問い合わせに対し即答したものであること、相田は第一係の一係員にすぎないこと、石井は自己の住所氏名を名乗らず、太田商事や本件建物の名称所在等の具体的事実を開示せず、相田の官職氏名も確認していないことからすれば、相田の見解の表示をもつて、一定の責任ある立場の者の正式の見解の表示と認めることは到底できない。

したがつて、本件においては、その余の点について判断するまでもなく、禁反言の法理ないし信義則を適用することはできないものといわざるを得ない。

四  よつて、本件処分には原告指摘の違法はなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 泉徳治 大藤敏 立石健二)

別紙物件目録〈省略〉

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